夫に、本帰国の辞令が出ました。
聞いた瞬間に頭に浮かんだのは、お金のことではありませんでした。
「あと半年で、下の子が卒業なのに」
それだけでした。
海外赴任の情報はたくさんあります。でも「帰るとき」の話は、驚くほど見つかりません。とくに、家族の予定と辞令のタイミングが合わなかったとき、何ができるのか。どこにも書かれていませんでした。
だから、交渉している最中から書きはじめて、結果が出たいまも、そのまま残しています。同じ立場になった方が、少しでも早く動けるように。
この記事でわかることは、次の3つです。
- 辞令が出ても、家族の帰国時期には交渉の余地がある場合があること
- 壁は「資格」だけではなく、資格とお金が同時に来ること
- 何を、誰に、いつ確認すればいいのか
「辞令が出たら家族全員ですぐ帰る」だと思っていました
まず、わたし自身の思い込みから書きます。
辞令が出たら、家族全員が同じ日に帰るものだと思っていました。 選択肢があるという発想が、そもそもありませんでした。
でも調べてみると、家族の帰国時期は、必ずしも本人と同時でなくてもよい場合があるようです。実際、帰国経験者へのアンケートを見ると「夫が先に本帰国し、数か月後に母子で帰国した」という回答が出てきます。
数は多くありません。でも、ゼロではないのです。
選択肢があるかもしれない。そう分かったとき、正直ほっとしました。
最初は絶望していたので、望みを持っていいんだと思えたことが、何より大きかったです。
わが家も、この可能性に賭けてみることにしました。
それでも半年にこだわった理由
お金に換算できない理由ばかりです。でも、わたしにとってはどれも譲れないものでした。
(転勤という生活そのものへの思いは、転勤族の妻に伝えたいことにも書いています)
下の子の卒業です。 あと半年。せっかくなら、一緒に過ごしてきた友達と同じ日に卒業してほしいと思いました。
わたし自身が、卒業パーティのボランティアとして動いていました。 最後までみんなとやりきって、思い出に残るパーティにしたかった。それに、途中で抜ければ一緒に準備してきたみなさんに迷惑をかけてしまいます。
そして、上の子は生徒会の役員に立候補していました。 本帰国が決まれば、立候補そのものができなくなります。自分でやると決めてチャレンジしたことなので、最後まで頑張らせてあげたいと思いました。
上の子は、辞令の話を聞いたとき、泣いて「残りたい」と言いました。
「家族だけ残れないかな」と最初に言い出したのは、わたしです。夫に、いま書いたことをそのまま話しました。夫も「できればそうしたい」と言って、交渉してみると引き受けてくれました。
いちばんこたえたのは、上の子の高校受験でした
ここからが、この記事でいちばん伝えたいことです。
上の子は中学生で、高校受験を控えています。帰国の時期が変わると、受験できる学校そのものが変わってしまうことがわかりました。
理由は、海外に住んでいること自体が「出願資格」になっている入試があるからです。
ここで大事な区別があります。海外にいる子どもが受けられる入試には、性質の違う2種類があります。
| 種類 | 出願資格の考え方 | 帰国するとどうなるか |
|---|---|---|
| 海外にある日本の高校(文部科学省が認定した在外教育施設) | いま保護者とともに海外に住んでいること | 資格を失う |
| 日本国内の高校の帰国生枠 | 海外に住んでいた実績(継続2年以上など)+帰国後◯年以内 | 使える(むしろ帰国が前提) |
わかりますでしょうか。同じ「海外の子ども向け」でも、条件のかかり方が正反対なのです。
上の子の第一志望は、前者でした。海外にいるからこそ挑戦できる学校です。
本帰国すると、この区分では出願できなくなります。日本国内から受験する区分に回ることになり、小論文が加わるなど条件が変わります。募集人数も限られていて、かなりの狭き門になります。
第一志望だっただけに、ここはショックでした。
いっぽうで、後者の帰国生枠は、わが家の場合はおおむね要件を満たします。受験の道が全部閉じるわけではありません。 ただ、志望していた学校とは別の道になります。
しかも、それだけではありませんでした。
上の子は推薦での進学も視野に入れていて、そのために学校の定期考査を頑張ってきました。
でも、頑張ってきたのは定期考査だけではありません。 学校の中で任される役割にも、行事にも、そのつど自分から手を挙げてきました。「いまここでできることに挑戦する」を積み重ねた2年半でした。
そして、その積み上げは、その学校に在籍していてこそのものです。 転校すれば、評定も、任されてきた役割も、そこで断絶します。
2年半かけて積み上げてきたものが、辞令ひとつで引き継げなくなる。それが、いちばんこたえました。
上の子も、この点をとても悔しがっていました。
そして正直に書くと、3月まで残れたとしても、高校受験の方針は大きく変えざるを得ません。 半年残れば解決する、という話ではないのです。
帰国の時期そのものを、進路の戦略にしている家庭もあります
もうひとつ、知り合いから聞いて驚いた話があります。
海外の日本人学校はレベルが高く、内申点が思うように取れないことがあります。そのため、あえて中学2年生のうちに日本へ帰るという選択をする家庭があるそうです。何人か聞きました。
日本の中学校で内申点を確保したうえで、帰国生枠も使える。その両方を狙うという考え方です。
つまり、帰国のタイミングそのものが、進路の戦略になっているのです。
わが家は、辞令という形で、そのタイミングを自分で選べませんでした。だからこそ、まだ選べる立場にいる方には、早めに考えておいてほしいと思います。
出願資格は学校ごとに違い、年度によっても変わります。必ず志望校の最新の募集要項でご確認ください。実際、国内在住者にも門戸を広げた学校もあります。
もうひとつの壁は、お金ではなくビザでした
お金の心配をしていたら、その手前に、もっと大きな壁がありました。
在留資格です。
駐在員として海外で働くには就労ビザが必要です。そして、帯同している家族の滞在資格は、その就労ビザにひもづいています。
つまり、こういうことです。
夫が日本の社員に戻った時点で、ビザの残存期間が切られます。すると、家族も現地に滞在できなくなります。
わが家がいる中国の場合、帯同する家族はS1ビザで入国し、そのあと居留許可を取得します。この居留許可は、最長でも駐在員本人と同じ期間までです。そして本人の就労期間が終了すれば、許可の期間が残っていても、家族は帰国することになります(中国家族帯同ビザの解説)。
わたしは、これをまったく想像していませんでした。「お金さえ何とかなれば残れる」と思っていたのです。順番が逆でした。お金の前に、そもそも住めるかどうかの問題があったのです。
そこで、次の2つを調べました。
- 学校を通じて就学ビザを発行してもらえないか
- 一定期間、現地法人の社員という形にして日本へ出向する扱いにできないか
後者は、知り合いから「そうやって家族が滞在できたケースがある」と聞いた方法です。会社によって扱いは違うと思いますが、前例があると分かっただけでも心強いものでした。
このうち前者は、学校から「過去に発行した実績がある」という回答をもらえました。そのあとどうなったかは、記事の後半に書いています。
ビザの制度は国によって違い、変更もあります。必ず、大使館や現地の公式情報、そして会社の担当部署でご確認ください。この記事は、わが家が調べた過程の記録です。
お金はどう変わるのか
FPとして、お金の面も整理しておきます。
家族だけが残る場合、「駐在員本人が現地にいて、家族を帯同している」ことを前提にした手当が、前提ごと崩れます。
一般に、海外赴任にはこうした手当があります。
- 海外赴任手当(駐在に伴う各種の手当)
- 住宅補助(現地の住居費の会社負担)
- 子女教育手当(現地の学校の学費補助)
これらはどれも、本人が現地に赴任していることが出発点です。本人が帰任すれば、その前提が外れます。
さらにややこしいのは、「単身赴任手当」も当てはまらない可能性があることです。単身赴任手当は「本人が海外、家族が日本」を想定した制度です。わが家はその逆になります。想定されていない形なのです。
そして、新しく発生する費用があります。
| 項目 | どうなるか |
|---|---|
| 海外赴任手当 | なくなる |
| 住宅費 | 会社負担が続くかは規程次第 |
| 学費 | 補助が続くかは規程次第 |
| 二重生活の費用 | 新しく発生する(日本と海外で家が2つ) |
家賃については、1年更新の契約をしているので、現地側は負担してくれる意向だと聞いています。ただし、これも最終的には日本側の規程次第です。
わたしがいちばん不安なのは、海外赴任手当がなくなったうえで、学費と二重生活の費用が同時にのしかかることです。
半年間だけとはいえ、家計への影響は小さくありません。ここは、残ると決まった時点できちんと計算し直すつもりです。
家計の見直し方については、家計簿歴11年目で辿り着いた”費目分け”を全て公開します!にまとめています。二重生活になると費目の立て方から見直しが必要になります。
すべては「いま海外にいるか」で決まっていました
調べていて、あることに気づきました。
手当も、ビザも、在外教育施設の出願資格も、判定の基準がまったく同じなのです。
駐在家庭を支えている制度の多くは、「いま海外に住んでいるか」で決まっている。帰任の辞令は、その前提を一斉に外してしまう。
バラバラの困りごとに見えていたものが、実はひとつの構造でした。だから、辞令が出た瞬間に、複数のことが同時に崩れます。
ただし、すべてが消えるわけではありません。 ここが大事なところです。
| 何で決まるか | 例 | 帰任すると |
|---|---|---|
| いま海外にいるか | 海外赴任手当、住宅補助、家族の在留資格、在外教育施設の出願資格 | 失う |
| 海外にいた実績 | 国内の高校・大学の帰国生枠 | 残る |
だから、辞令が出たら「全部だめだ」と思う前に、消えるものと残るものを分けて確認してください。残るものが分かると、次の一手が見えてきます。
もうひとつ分かったのは、現地と本社では、見えている景色が違うということです。
現地側は、生活の実態を知っています。だから前向きに動いてくれます。一方で本社側は、規程に沿って判断します。そして多くの場合、この形は規程に想定がありません。 論点は「規程をどこまで解釈できるか」になります。
だから、感情で押すのではなく、前例と根拠を集めて相談することが大事だと感じています。
結果:全員で帰ることになりました
結論から書きます。家族だけ残ることはできませんでした。秋に、家族全員で帰国します。
学校は、道をつくってくれました
通っている学校に「保護者が帰国したあとも、子どもが在籍を続けられるか」を確認しました。返ってきたのは、過去に就学ビザ(X2)を発行した実績があるという回答でした。
制度としての道はある。そう分かったときは、少し希望が見えました。
現地の会社も、動いてくれました
残れる方法がないか、現地側は交渉してくれました。ここは本当にありがたかったです。
会社としての判断は、安全と責任でした
最終的な判断は、日本の会社から示されました。内容は、次のようなものです。
- 安全面を考えると、家族だけが残る形はすすめられない
- 万一のことがあったとき、会社として責任を持てる範囲を超えてしまう
- 夫の帰国後は、帯同にかかる費用が自己負担になる
会社の立場で考えれば、無理のない判断だと思います。社員の家族を海外に残す以上、何かあったときに手を差し伸べられる形でなければ、引き受けられないのだと思います。
お金の面も、とても大きかったです
夫が帰国すると、家族の在留資格の根拠がなくなります。残るなら、学校の就学ビザに切り替えることになります。
そして同時に、会社の負担もなくなります。住まい、保険、学校にかかるお金、日々の生活費。それまで会社が持ってくれていた部分が、そのままこちらに移ります。
しかも、本帰国そのものにも大きなお金がかかります。引っ越し、日本での住まい、家具や家電。
そして、車です。
こちらでは、自転車と地下鉄とタクシーで暮らせていました。車を持っていません。日本で暮らすとなると、買うことになります。ここは、金額がいちばん大きく動くところです。
→ 駐在の交通費は、驚くほど安いです|タクシー15分ぶんで、自転車が1か月乗り放題
つまり、残るための費用と、帰るための費用が、同じ時期に重なるということでした。
半年という期間は、気持ちのうえでは「あと少し」です。でもお金のうえでは、「あと少し」ではありませんでした。
決め手は、ひとつではありませんでした。安全と、会社が責任を持てる範囲と、お金。この3つが、同じ方向を向いていました。
正直に書くと、気持ちの整理には時間がかかりました。それでも、残れるかどうかは、この3つで決まるということは、同じ立場になる前に知っておきたかったことです。
交渉してみて、分かったこと
- 聞けば、道が見つかることはある。学校も現地の会社も、こちらが聞いたから動いてくれました
- 現地と本社では、見えているものが違うことがある。最終的に決まるのは本社でした
- 「会社の負担がなくなる」の中身を、先に確かめておく。手当、保険、住まいの契約。どこまでが会社で、どこからが自分か
この記事のまとめ
- 辞令が出ても、家族の帰国時期には交渉の余地がある場合があります。 まず聞いてみてください
- 「資格」と「お金」を、セットで確認してください。 家族の在留資格と、子どもの出願資格。そして、会社の負担がどこまで消えるかです。そのうえで、消えるものと残るものを分けて整理してください
- 動かなければ、選択肢は自動的に消えます。 何もしなければ、全員同時に帰ることになります
もし、いま同じ状況で迷っている方がいたら、辞令が出た日に、この2つを会社に聞いてください。
- 「わたしが帰任した場合、家族の滞在資格はどうなりますか」
- 「家族だけ残る形は、規程上、可能性がありますか」
早いほど選択肢が残ります。わが家は、少し出遅れました。
最後に、いまの正直な気持ちを
辞令が出るまでの期間は、1週間しかありませんでした。 事前の打診もなく、本当に寝耳に水で、最初は絶望でした。
時間が経って、少しずつ気持ちの整理ができるようになってきました。
できるなら、いま挑戦していることを最後まで責任を持ってやり抜きたい。 そして下の子には、大好きな学校を、大好きな友達と一緒に卒業してほしい。いまは、その気持ちでいっぱいです。
本帰国が決まっていろいろ考えていくと、こんなにも貴重な経験をさせてもらっていたんだということに気づきました。
出会いが多い分、大好きな友達との別れも多くて、本当に気持ちが辛くなることがあります。
それでも「この経験をしないほうが良かった?」と聞かれたら、間違いなく、できたことが良かったと答えます。
ここでの経験も出会いも、これからも一生の宝物です。
ずっとモヤモヤしていました。でも結果が出たいま、気持ちを切り替えて、前に進んでいくしかないと思っています。やれることは全部やりました。だから、いまは前を向けています。
うまくいってもいかなくても、その過程が誰かの役に立つと思うので、そのまま書き残しました。
もし、いま同じ状況で誰にも相談できずにいる方がいたら、お問い合わせフォームから声をかけてください。記事へのご感想やご質問は無料です。同じ道を通っている人間として、お話しできることがあると思います。
※ 本記事は2026年9月時点の情報をもとにしています。 在留資格や入試の出願資格の制度は変わります。また、会社の規程は企業ごとに大きく異なります。実際にご判断される際は、必ず会社の担当部署、大使館などの公式情報、志望校の最新の募集要項をご確認ください。
※ 本記事は情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の購入や、特定の進路を勧めるものではありません。 最終的なご判断はご自身の責任でお願いいたします。
